花見をするなら雨の日の夜に限る。 真っ暗な公園の、街灯に照らされた桜が 枝をしならせて僕の頭上を覆う。 それは大きな手の様だ。 この暗闇から守ってくれるような。 風に吹かれて散った花弁が ビニール傘に落ちて貼り付く。 普段の自分なら神経に障るだろ…
寒気がするほど優しい手招きに呼ばれたんだ。 冷え切った両足を引きずって 泣きそうになりながら どうしても抗えなかったんだ、どうしても。 近づくほどに、まるで空気が抜けるように 虚しくて、億劫で、もう その手が抱いてくれないなら 俺は一体、何の為に…
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 一瞬、ここは何処かと焦ったが 窓外を流れるオレンジ色の景色を見て溜息を吐く。 左肩の温もりに視線を遣ると 目を瞑った彼が寄り掛かっていた。 おそらく意識はある。 けれど、身を起こす気は無いらしい。 再び窓外…
飛べないひなどりの振りをして 君が運ぶ不快感を呑み込む。 それは炭のように苦く、泪を甘くした。 君はけして出て行けとは言わない。 俺が再び口を開くのを待っている。 いつか全てに飽きて、離れて行くその日まで。 玉虫色の心臓を見せても 斑模様の肺を見…
駅へ向かう坂道のガードレールから下を覗くと、中学校の校舎が見える。 防錆塗装の剥がれた体育倉庫の影に幽霊が居た。 僕はその、陸上部員たちを見つめる窶れた男から目を逸らす。 彼は僕の隣で楽しそうに手を振った。 住宅と林に挟まれた生活道路は、午後…
長距離走の授業でよく見る光景。 スタートはだらだらと緩慢に 何故走らねばならないのかと嘆いてみせる。 サボったところで結局はやる事も無く 焚火の中で崩れていく時間を眺めるだけ。 灰になったそれを振り撒きながら 帰り道をだらだらと緩慢に 明日の授業…
小さな雨粒ひとつの中に、僕らの世界は集約されていた。 知る由もない住人はただ無邪気に空を見上げ 息を吐く度に自尊心を傷付け合った。 ただ空を見上げ、この傷は意味のあるものだと信じた。 雨粒は少しずつ千切れて、空へと吸い込まれていく。 まばたきに…