五槻芳

#IKA03 桜

花見をするなら雨の日の夜に限る。 真っ暗な公園の、街灯に照らされた桜が 枝をしならせて僕の頭上を覆う。 それは大きな手の様だ。 この暗闇から守ってくれるような。 風に吹かれて散った花弁が ビニール傘に落ちて貼り付く。 普段の自分なら神経に障るだろ…

#IKA02 月

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 一瞬、ここは何処かと焦ったが 窓外を流れるオレンジ色の景色を見て溜息を吐く。 左肩の温もりに視線を遣ると 目を瞑った彼が寄り掛かっていた。 おそらく意識はある。 けれど、身を起こす気は無いらしい。 再び窓外…

#IKA01 改札

駅へ向かう坂道のガードレールから下を覗くと、中学校の校舎が見える。 防錆塗装の剥がれた体育倉庫の影に幽霊が居た。 僕はその、陸上部員たちを見つめる窶れた男から目を逸らす。 彼は僕の隣で楽しそうに手を振った。 住宅と林に挟まれた生活道路は、午後…

#IKA00 道連れ

小さな雨粒ひとつの中に、僕らの世界は集約されていた。 知る由もない住人はただ無邪気に空を見上げ 息を吐く度に自尊心を傷付け合った。 ただ空を見上げ、この傷は意味のあるものだと信じた。 雨粒は少しずつ千切れて、空へと吸い込まれていく。 まばたきに…